「プラモにおける質感表現」

レシプロ大戦機の外板が実はベコベコで以前思っていたイメージとだいぶかけはなれていたことは書きましたが、かつて日本で模型少年だった私は三軍記念日には近くの厚木基地や横須賀基地に出かけてはF−4やA−7,A−4といった米海軍ジェット機を直に見ていました。プラスチックがこれらジェット機の模型素材として最適と思われ、風防のアクリルガラスのぶ厚さや手をふれると石のようにヒヤリと冷たいモノコック特有のジェット機の感触はプラモデルになったファントムにも備わっている気がしたものです。そして私はMe−109やF6F, 零戦もこの延長線上にあると漠然と想っていたのです。そしてこちらで大戦機を見てその独特の質感にショックをうけ、また虜になったのです。

大戦機の場合非常に薄い外板で覆われていますが、零戦の外板に至ってはわずか0.5ミリの厚さしかなく、暗い格納庫から日のあたる外へ出された零戦は外板が日光に暖められるため暫くのあいだペコ、ポコと音をたてていたそうです。またこの時代のプロペラ機は羽布ばりの複葉機ほどではないにしろ、外からフレームがどこにあるか容易に見て取れます。「骨と皮」というとみすぼらしい表現になりますが、内側から押し上げる骨格構造とそれを包もうとする外皮の両方がせめぎあって流体力学的形態が決定されたように見えるところがあり、大戦機ファンの目には魅力的に写ります。こう書くとほとんどメカ・フェチですが実際に応力外被構造という言葉もありあながちこの表現も間違いとは言えません。また概してメカに対する思い入れというものは機械を生き物として捉えてしまう事だと思いますが、この解剖学的特徴は特にグロスの強い塗料に塗られた時顕著で、ハイライトがぬらぬらっとしたところはほんとうに有機的なものを感じてしまいます。(最近艦艇にも少し興味を持ち始めたのですが駆逐艦など高速を狙った艦艇の船体にも同じたわみが見られます。)

この大戦機独特の外板質感表現は模型を作る場合一つの大きなテーマになりうると思います。かつて日本で木製ソリッドモデルが盛んだった頃、一部超マニアの人達によって外板のたわみを彫刻し、さらにその上からリベットを打つという外板質感表現の方法論はすでに確立されていたようです。そしてプラモが全盛だった60年代にこれをプラモに表現した大先輩たちがいました。しかしお手軽が身上のプラモデルのこと、しだいに忘れ去られていったようです。そしてプラモは着実に作りやすさを最優先に進化をとげ、今では高度な金型技術に裏付けされた凹パネルラインのパテの全く要らない風洞実験用模型のような洗練されたキットが主流となりつつあります。

私のとって興味ぶかいのは60年代をピークとしたプラモ最盛期のプラモデルが全面凸リベットや羽布部分のオーバーな表現に代表されるように質感にかなり固執していた事実です。当時は第一次大戦機も人気アイテムのひとつで複葉機の羽布張り表現や帆船キットの甲板の木目、束ねたロープの表現などはメーカーも見せ場と心得て多くの名作が作られました。私がオールドキットが好きな理由のひとつにこの彫刻的アプローチがありますが一方、素晴しい彫刻を壊さずに作るのがほとんど不可能という、作られることを拒否しているような、そんなキットが多かったのです。現在のキットは作られるための最高の素材であるといえますが、あまりに工業製品的でスジボリだけの表面を見ているとまるで立体図面を見ているようです。

私は実際に目にみえるものは、図面にないものであってもそこにあって欲しいし、存在感とはこうしたノイズであるかもしれないとも思います。ちょうどファジーなものやノイズをすべて排除してしまったあとにやっぱりデジタルでわざとノイズを入れて見たくなるようなそんな気持ちかも知れません。現在これらは、ベストの素材を提供してくれるメーカーが作り手にゆだねている追加工作の領域ですが前記の外板のたわみ等、機種によっては顕著でパーツに表現してあってもよいのではと私は思っています。例えば地上にあるBー52の機首側面の外板は翼の重さから独特のパターンで大きく波打っています。これはもうBー52の証しみたいなものでこれを表現しないのは、九三式中間練習機「赤とんぼ」の翼を羽布張りリブ表現なしのツルツルで作るようなものだと私は思うのですが。

冒頭にも書いたように模型の主題である人気機種が羽布ばりの複葉機からジェット機に移り変わって行ったことがプラモデルのスタイルの変遷とすくなからず関係あるのかもしれません。大戦機がリバイバルの今日この頃、将来また複葉機ブームが起きないと誰も断言できません。そのとき、やすりがけで失われる羽布の彫刻表現なら最初から入れないほうがよいとツルツルの複葉機キットが発売されるのでしょうか?最近タミヤから出されたJSIIIスターリン戦車の鋳造表現のこだわりにAFVファンがちょっとうらやましくなりました。

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